【障害者福祉】「一人の人間」として「対等な関係」を築く【支援/療育】
どうも、就労移行支援を受けているMです。
皆さんは身近な方々と対等な関係を築けていますか?
グループワークでは、日頃から「一人の人間」ということを重きに置いて人生観について考え合っています(*’ω’*)
対等な関係を築くには?
対等ってどういうこと?
会社という組織では上下関係があるのは当然のことですが、その前にお互いに尊重しあえる対等な人と人との関係でなくてはならないわけです。
ましてや恋愛関係や夫婦などプライベートではなおさらです。
「対等」とは「ふたつの物事に優劣、上下のないこと」を言います。
相手と対等に付き合えない人とは?
①相手の顔色を窺って言いたいことが言えない
理不尽な要求をされても、嫌だと自己主張できずに相手の気に入るように振る舞ってしまうというタイプ。
相手との関係で下位についてしまうことが多い。
②競争心が強く他人と比較して優越感を感じたい
相手を一方的に格付けし、自分の方が立場は上であると主張したりアピールするタイプ。
相手との関係で上位につこうとすることが多い。
➂過剰に相手の世話をしたり面倒をみようとする
相手が自分のアドバイスに従わなかったり、世話を拒否すると怒りの感情が芽生えるタイプ。
相手に頼られることで自分が優位に立ったり、相手に必要とされることで満たされる。
表面的には対等に見えるが、実は上位につこうとすることが多い。
自分が世話を焼いてあげたり、面倒を見てあげたりすることで相手の救世主になろうとすることを「メサイアコンプレックス」という。
では、なぜ対等な人間関係を築くことができないのでしょうか。
対等な人間関係を築くためにはどうしたらいい?
先程の3つのタイプにはある共通点があります。それは「自己肯定感の低さ」です。ありのままの自分に自信がない、ということです。
例えば、①のタイプは自己肯定感が低く、自信がないので自分で物事を決めたり自己主張出来ないことが多いです。
「どうせ自分なんか」という気持ちが強く、強い人の言いなりになってしまったり、辛い状況から逃げ出すという決断ができずにいたりします。
そして②のようにいつも優位に立っていないと気がすまない、という人も実は自己肯定感が低く自信がないのです。だから、自分が上だと感じることで辛うじて自分を保っているわけです。でも誰にも心を開けず孤独を感じていたりします。だからその孤独を払拭しようとさらに周りを巻き込んで優位に立とうとしてしまいます。
ちなみにこのような2者が出会うと共依存関係になりやすいわけです。
ではタイプ➂のような人はどうかというと、やはり自己肯定感が低いのでことさら相手に感謝されたり、必要とされたりすることを望むわけです。
だから、対等な関係を持つためには、まず自分が自己肯定感を高めることが大切なのです。
私たちはみんな「承認欲求」というのを持っています。
「人から認められたい、大切に扱われたい」という気持ちです。
この承認欲求は誰でもが持っているものではあるのですがこれがあまりに強すぎると、対人関係の中で上下関係や優劣関係というゆがんだ形となって現れてしまいます。
では、どうしたらよいかというと、まずは自分の承認欲求を自覚することが大切です。
人から認められたい、そんな思いを持っている自分を許すこと、そして相手の承認欲求も尊重する、つまり相手を認めて相手を大切に扱うことなのです。
そのようなお互いに尊重しあえる関係が作れれば、それは良い循環となっていき、自尊心が満たされ、さらに対等な関係を他者と築けるのです。
障害の有無や才能の有無、男女など関係無く結局は「一人の人間」として尊重されることが一番幸せなことだと私は考えています(´ρ`)
昨日のグループワークで出てきたアニメ「大正オトメ御伽話」では「人気者の兄である自分」として見られることに抵抗があるキャラクターが登場しました。
そのキャラクターは、あえてはぐれ者の主人公と関わっていったことに対して先生と考え合っていきました。
主人公は、妻として迎え入れてきた女の子を「妻」としてでもなく「女」としてでもなく「一人の人間」
また、人気者の兄であるキャラのことも「男」としてでもなく「人気者の兄」としてでもなく「一人の人間」
として見ていることが分かりました。
現代社会でもこういった視点は大切なんだと先生は話していました。
才能も地位や名誉も結局は自分自身を飾る飾り物でしかなく、着飾るものでしか人を見られないということは虚しいことだなと私は思います(´・ω・`)
障害者も健常者も皆対等に「人間」として考えていけば、お互い分かり合うことが出来るのではないかと感じました(/・ω・)/