【民俗学】「日本人の優しさが詰まっている」 怪談師の巨匠・稲川淳二が語る怪談の魅力

どうも、就労移行支援を受けているMです。

「怪談」というと、お化けが出たり、怖いことが起きる!と一般では思われたりします。

どっちかというと、ネガティブなイメージが強いです。

あながち間違いではないのですが(;´・ω・)

歴史好きで怪談ガチ勢の私からしてみると、そういった先入観は悲しく思っちゃいますね(´;ω;`)

「日本人の優しさが詰まっている」稲川淳二が”ホラー”ではなく”怪談”にこだわるワケ

かつて人気タレントだった稲川淳二さんは、20年ほど前から「怪談家」として活動している。その語りは「怪談」であって「ホラー」ではない。

稲川さんは「怪談にはホラーと違って、人や土地の歴史、切なさや優しさがある。だから世代を超えて日本人に愛されてきた」という――。

怪談が子守歌代わりだった

――怪談は、時代が変わっても、世代を超えて日本人に愛されてきましたが、どんなところに魅力があるのでしょう。

怪談って、夜の海岸や、雪深い山村が舞台になっているでしょう。

私は東京の恵比寿で生まれ育ちましたが、怪談で語られる風景に、故郷やふるさと――日本の原風景を感じる気がするんですよ。

怪談を聞いていると、夏の夜風や、山の緑、雪の冷たさが感じられると言えばいいのか。怪談は、みんなの記憶や懐かしさとつながっているんじゃないかな。

それに、怪談には、人間のいろんな思いがこもっているでしょう。

遂げられなかった願い、悔しさ、恨み、愛する人を残して逝ってしまった無念、あるいは、亡き人を思う切なさ……。

そんな繊細な思いに、みんなが共感できたから、語り継がれてきたんじゃないかって思うんだ。

だから、怪談は、ただ怖いだけじゃなく、切なくなったり、悲しくなったり、優しい気持ちになれたりする。

怪談は、感受性が豊かじゃないと楽しめないし、語れないと思うんですよね。

ホラーに切なさや優しさはあまりない

ただ怖い話を楽しみたいだけなら、ホラーを見ればいい。私は、怪談とホラーを一緒にしないでほしいっていつも言ってるの。

ホラーは、人の思いなんかお構いなしに、突拍子もない怪奇現象で、人を驚かすでしょう。

怖い、というよりも、ショックや脅しに近い。それに、ホラーは人や土地の歴史や、切なさや優しさはあんまり描かれてない。

(中略)

――柳田国男が書いた『遠野物語』(1910年)は日本民俗学の原点と呼ばれていますが、明治時代は怪談として読まれていたそうですね。

そうなんです。現代風に言えば、『遠野物語』は、明治時代に岩手県の遠野で語り継がれてきた都市伝説をまとめたものなんですから。

どこの誰かが都市伝説って勝手に名付けただけで、都市伝説ももともとは怪談だったんですよ。

以前ね、柳田国男さんの故郷にお呼ばれして、お話をさせてもらいました。

そこで柳田さんが、民俗学に専念するために55歳で新聞社を辞めて、日本のあちこちを旅したと教えてもらいました。

怪談集めは考古学に似ている

怪談って「つくる」「つくらない」ではなくて、自然にできあがっていくもんだと思うんだ。

(中略)

その町の歴史や、語ってくれた人の背景を知って、推理していく。

もちろんインチキは、ダメですよ。苦労して、話を集めて、一生懸命に想像していく。そこが、怪談の面白さですね。

【引用元】https://president.jp/articles/-/48866【PRESIDENT Online】

 

グループワークの先生も稲川淳二さんとほぼ同じことをグループワークで話していますね(笑)

そもそも「怖い」って何なのか?何に対して怖いのか?

そこに着眼点を向けて話しています。

怪談は人々の内面や感情にアプローチした話が多いですね(*^^*)

先生の話ではよく上原輝男先生の話が出てきますが、民俗学を語る上では柳田国男先生とも切っても切れない存在です。

怖い話というのは人々の「噂話」から発展して、脚色を加えて、妖怪や幽霊が作られていきます。

80年代の学校の怪談や口裂け女ブームなどがそれに該当しますね(*’ω’*)

世代の方はご存知の方もいるでしょう(笑)

当時はネットもスマホも無い時代に妖怪が日本全国に広まるということは、それくらい多くの人に心に響くものがあったのだと思います。

現代怪談でもネットの噂話から発展していった怖い話もいくつかあります。

確かに現代人特有の怖さもありますが、ネットだからこそ「顔の見えない相手には気を付けろ」「ネットは何が起こるか分からない」

といったネットに対する教訓「相手の中身をよく知る」「たとえ外でも用心すること」「知らない人にも親切心を心掛けること」などの日常生活・社会生活の教訓を教えてくれます。

小さい頃に親や近所のお爺ちゃん・お婆ちゃんから語り継がれる大人の教えのようなものです。

それがあるからこそ、私はこうして生きられているようなものなのです(-ω-)/

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