私が「障がい者雇用」から教えてもらったこと
私が「障がい者雇用」から教えてもらったこと
https://diamond.jp/articles/-/176286
「川田さんのアシスタントとして働き始めた5年前の年末に、毎月買っている雑誌の占いを見ていたら、『来年から数年は人の手助けに奔走することになります。それはその人のためですが、その経験が今まで知りえなかった素晴らしい世界にあなたを連れて行ってくれるでしょう』と書いてありました。その時は、川田さんと一緒に働くことを言っているのかなと思いましたが、今振り返ってみると、それは居村さんと仕事をすることだったのだと思います」
こんにちは、エナベルで就労支援を受けているОです。
「伝説のトップ営業」と呼ばれる川田修氏が居村さんという高次脳機能障害の方を雇用するにあたっての、体験エピソードです。
しかし、周りが歩調を合わせてあげると、みんなで歩くことができるのだということを、居村さんと仕事をすることで教えてもらいました。周りが歩く速度を合わせることをまったくしなければ、人はそれを「障害」と呼ぶことになり、周りが歩調を合わせてあげられれば、それは「個性」と呼ばれるものになるのだと考えるようになりました。
最近、Twitterで「障害は個性と言っても、代わりたくない個性だろ」というような否定論をみかけましたが、それは健常者でも同じではないでしょうか?
誰でも嫌な個性は持っています。
誰でもダメな個性は持っています。
障害者の障害に限らず、他人のイヤな個性は引き受けたくないものでしょう。
それはともかくとして、このコラムで挙げられた、「しかし、周りが歩調を合わせてあげると、みんなで歩くことができるのだということ」という言葉は、障害者に限った事ではないんではないでしょうか?
要領の良くない人、ものわかりの悪い人、仕事覚えるのに時間のかかる人、何もわからない新人など、日本は今まで人余りの時代が長かったせいで、健常者でもそういう人たちを使い捨てにしすぎてはいなかったでしょうか?
そのせいで、生産性が逆に下がっているのが今の日本という国だと思います。
これから少子化、人手不足になっていく日本について、健常者・障害者の区別なく、「しかし、周りが歩調を合わせてあげると、みんなで歩くことができるのだということ」という考え方が企業には必要になってくると思います。
「急がば回れ」という考えのできない人は、人材の育成などできるわけがないと思います。
シバキ系の思考は「人が余っていた時代だからできた甘えた考え」という事を、企業や管理職の人たちは、本当に思い知るべきなのです。