【障害者】「障害は個性」、それ本当? 当事者が感じる違和感とは

「普通って何ですか。僕たちは障がい者だから普通じゃないってことですか」

私の隣に座る車椅子の男の子が、教室の黒板を真っすぐに見つめている。今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえながら、彼は授業中の先生に向かって、そう言い放った。

今から約20年前、私がまだ小学生で名古屋の養護学校(現在の特別支援学校)へと通っていたころの話だ。

この日は授業の一環で交流会の準備をしていた。

交流会というのは、養護学校の近くにある小学校から児童を招き、お話やレクリエーションなどをするイベントのことだ。

私が子どものころは今のように、まだインクルーシブ教育といって、障害児が一般学校に通学するケースはほとんどなかった。もちろん、私も例外ではない。

そんな理由で、学生時代は養護学校と一般学校同士による交流会がたびたび企画されていた。

ただ、このイベントをとても楽しみにしている子もいれば、一方で、あまり興味のなさそうな子もいた。

「普通」ってなに?
それが私の隣の席の車椅子の男の子だった。

交流会に興味がないというと聞こえが悪いが、彼の理屈によると「たった数時間会うだけで友達になれるわけがない」というのだ。

実際、こういった交流会は毎年あるが、交流会が終わったあとに養護学校と一般学校の児童が友達になって遊んでいるといった話は聞いたことがない。

私は彼と仲良くはなかったものの、彼の言うことはなんとなく理解できた。

そしてこの後、ある先生のなんてことのない一言で、彼の表情が一変した。

「明日はいよいよ交流会です。普通学校の子どもたちと楽しく遊びましょう」

先生がそう話した瞬間、彼が先生の話の続きを遮って、「普通って何ですか。僕たちは障がい者だから普通じゃないってことですか」と涙ぐみながら言った。もちろん、先生も悪気があったわけではないだろう。言葉の便宜上、何げなく使った“普通”という二文字が彼を傷つけた。私は隣で涙ぐむ彼を見て、心のなかで「そんな揚げ足取りで、わざわざかみ付くなんて本当に馬鹿らしい」と思った。だが、私も次の先生のせりふにより、自分の中の何かが変わり始めた。

「ごめんね。でも大丈夫だよ。障害は個性なんだから」

障害は個性。

それは私が子供のころから散々言われていた言葉だった。

今の時代の障がい者も同じかもしれないが、多くの障がい者は子どものころから健常者の大人たちに「障害は個性である」と教えられる。私自身もそうであったが、それをずっと信じてきた障がい者は多い。

使うのは健常者
だが私も少しずつ大人になっていき、一つの疑問が生まれた。それはそもそも個性とは何なのか。

そして、障害は個性であるという言葉は、なぜ健常者は使いたがり、障害者はあまり使わないのか。

まずはじめに、私たちが日常生活の中で個性という言葉を使う場面を考えたい。

障害は個性というと、一見ポジティブに聞こえるかもしれないが、例えば、私に好きな女性がいたとして、「君は顔も性格も個性的だね」と言ったとしよう。どうだろうか。私はほめているつもりでも、女性はバカにされていると思うだろう。一方、「君は顔も性格も魅力的だね」と言えば、悪い気はしないだろう。

また、私自身、これまでの人生で男女問わず、友人から「君の障害の個性がいいね。友達になりましょう」と言われたことはいまだかつてない。

だったら、「障害は魅力と言えばいいのでは?」と思う人がいるかもしれないが、障害が魅力というのはちょっと無理がある気がしてならない。

言葉のマジック
だからこそ、障害は個性という言葉は良くも悪くも完成度が高い。

普段はなかなか使わない“個性”という言葉を“障害”という明らかにマイナスな言葉と組み合わせることで、ちょっと良い言い回しに思わせてしまうマジックがここにある。

人によっては私の言っていることはへりくつに聞こえるかもしれない。

ただ、実際問題、私の周りの多くの障がい者たちは健常者から「障害は個性である」と言われ、困り顔になっている。

仮に障害は個性だったしても、それは、周りの人が障がい者に言うべきことではなくて、自分の障害を受け入れた障がい者が「私にとっては個性です」と言っているときに同調してあげるぐらいがちょうど良い。

(中略)

でも一つ勘違いしていただきたくないのが、仙拓で働く障がい者は決してネガティブではないし、一人ひとり社会人として自分の役割を全うしようとしている。障害は障害だと言う彼は、何か壁にぶち当たったときに「障がい者だから仕方ない」ということは決して言わない。

理由は一つ。

障害は個性だという言葉で自分を美化しなくても、彼らは障がい者以前に、自分自身の役割と価値を信じ、懸命に生きているからである。

https://www.asahi.com/articles/ASN966CRNN93UBQU00G.html 朝日新聞デジタルより引用

 

エナベルで就労移行支援を受けています、ウサギのTです。

「障害は個性」。確かにそう思うこともあります。私は健常者ではないですが、個性だよなあと思う事がありますね。

障害は障害だと思いながら、エナベルで他の利用者さんと話とかする時に、これは障害であり個性なんだ…と思いこんでないとキツイ時があるので…(汗)

でも、「普通って何ですか。僕たちは障がい者だから普通じゃないってことですか」っていう言葉は重いですね…。

切なくなりますね。

私の小・中学校時代も、交流会ありました。学校内に特殊学級があったので、そこの生徒たちと交流するという感じでしたけど。

その頃は健常者として迎える立場だった私は何も考えてなかったですが、今思うと嫌だなあ…って思う障害者の子が居てもおかしくないですね…。

障害は個性。自分に当てはめてみるとしっくりこないですね。他人にはしっくりきても自分だと違う感じ。

失礼なのかもしれないですけど…(汗)障害は障害だよなあ…で完結しちゃいますね。その線引きがわからないですけど…。うーん。。

 

 

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