【人間社会】松下幸之助の経営観から見る人間社会の「共存共栄」「棲み分け」について
どうも、就労移行支援を受けているMです。
グループワークの先生のツイッターを見たら「共存共栄」という言葉が出てきて、そういやこれについてもブログで書いておいたほうが良いかなと思ったので書いておきます。
福祉の記事でも何度か「障害者との共存」というものが出てきました。
どうしてもハンディキャップを抱えている人と過ごしていると「共存」ではなく「依存」になってしまいがち。
しかし、ストレス社会と呼ばれる現代社会では精神障害を持つ人々が年々増えているのも事実。
誰もが「障害者」になり得る時代、「依存」から「共存共栄」にしていく為には私たちはどうしたら良いのか?
パナソニック株式会社創業者・松下幸之助の経営観から人間社会というものを見ていきましょう(*’ω’*)
「共存共栄」の精神に基づく松下幸之助塾主の経営観
1.経営理念の大切さ
松下政経塾の創設者である松下幸之助塾主はパナソニックグループ(旧松下電器)の創業者・経営者として、一代で電機業界を代表する企業グループを育て上げたことから「経営の神様」と呼ばれているが、松下塾主自信も松下電器の経営においては経営理念を非常に重要視していた。
松下塾主が自身の経営哲学をまとめた著書『実践経営哲学』において、まず初めに経営理念に関して下記のように述べていることがそのことを如実に物語っている。
「事業経営においては、 たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったように大切なものは個々にはいろいろあるが、いちばん根本になるのは、 正しい経営理念である。
それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくるし、また一面それらはそうした正しい経営理念のあるところから生まれてきやすいともいえる。だから経営の健全な発展を生むためには、まずこの経営理念をもつということから始めなくてはならない。
そういうことを私は 自分の六十年の体験を通じて、身をもって実感してきているのである。」
本レポートでは、松下塾主が松下電器をどのような経営理念に基づいて経営していたかを考察し、松下塾主の経営観の根幹をなす考え方を読み取ってみたいと思う。
2.熱海会談に見る松下幸之助の経営観
松下塾主が経営の一線から引く前の松下電器の経営史において、その経営理念を語る上で象徴的な出来事に熱海会談がある。
昭和39年(1964年)、家電需要の頭打ちにより、家電業界は販売不振に陥った。
その中でも各企業はそれまでの高度成長下の経営体質を転換できず売り上げ増を追求し、流通在庫の増加、値崩れによる利益の減少などが生じ、卸や小売企業の経営状態は極めて悪化した。
松下電器でも事態は同様で、売掛債権が年間売上の半額に迫る程に増大し、全国の代理店向けの債権の焦げ付けが多数生じるなど、経営状態に明らかな異常が生じていた。
このような状況下で、松下塾主は経営状態の共有と事態の段階を図るために、全国の販売会社・代理店を招集して同年7月に「全国販売会社代理店社長懇談会」、いわゆる「熱海会談」を開催したのである。
(中略)
参加した170社のうち実に150社が赤字に陥る程に厳しい経営状態にあった代理店・販売会社側の反発は極めて強く、3日目の日程も終わりを迎える直前まで議論がまとまらない程に会談は紛糾した。
そのような平行線を辿った議論の中で、松下塾主は以下のような考えにたどり着いたという。
「販売会社は、自主独立の経営体であり、自主的な努力によってこそ、収益を上げて経営を立て直すことができる。
松下電器に依存しても、販売会社の経営は改善されない。
しかし、販売会社と松下電器は経営の主体こそ違うが、共存共栄の理念で固く結ばれた協同体である。
共に社会の為に働いているからには、共に正当な利益を得て繁栄しなければならない。
販売会社が儲からないのは、松下が儲からないのと同じである。このままにしておくことは許されない。」
上記のような「共存共栄」の精神の元、松下塾主は会談3日目の最後に販売会社・代理店の経営状態の厳しいことが松下電器の落ち度であることを認め謝罪、事態の打開に向けて松下電器が責任を持って行動することを表明したのである。
松下塾主は会談終了後、この日の為に直筆で準備した「共存共栄」と書いた色紙を各出席者に贈ったという。
(中略)
熱海会談とその後の改革は松下電器にとって大きな転機となる。
熱海会談で販売会社・代理店の経営者に渡された色紙に書かれた「共存共栄」の言葉は、同年の10月から松下電器の全事業所に掲げられるようになるなど、「共存共栄」は松下電器の転換期における経営理念の柱だったのである。
3.経営理念に根付く「共存共栄」の精神
松下電器の経営理念としては「綱領」「信条」「私たちの遵奉すべき精神」という形で明文化されたものが有名であるが、この中にも共存共栄の精神を見ることが出来る。
(中略)
松下塾主が「企業は社会の公器」という企業の社会的使命・存在意義に関して考えを確かにするきっかけに、昭和7年に関西の某宗教団体を訪問したエピソードがある。
同年3月に、松下塾主は取引先の知人に勧められ、その宗教団体を尋ねるが、そこでの信者の奉仕ぶり、敬虔な姿に深く感動している。
大阪への帰路の電車の中、またその日の夜自宅で、松下塾主はその宗教団体の素晴らしい活動状態を考えるつれ、それが経営の素晴らしさによりもたらされているという事を考える。
「立派な経営、すぐれた経営、そこに多くの人は喜びに充ちあふれて活躍している。
(中略)某教の事業は多数の悩める人々を導き、安心を与え、人生を幸福ならしめることを主眼として全力を尽くしている聖なる事業である。
われらの業界はこれまた人間 生活の維持向上の上に必要な物資の生産をなし、必要かくべからざるこれまた聖なる事業である。
(中略)われらの経営こそ、われらの事業こそ、某教以上に盛大な繁栄をせねばならぬ聖なる事業である。
それにもかかわらず閉鎖縮小とは何事だ。それは経営が悪いからだ。
自己にとらわれたる経営、正義にはずれたる経営、聖なる事業たるの信念に目覚めざる経営、単なる商道としての経営、単なる習慣に立脚せる経営、これらがみなその原因をつくっているのだ。自分はこの殻から脱却せねばならぬ。」
これ以降、松下塾主は企業の社会的な使命を自覚し、「水道哲学」と呼ばれる経営方針を発表する。
生産者の使命は水道水のように貴重な生活物資を無尽蔵たらしめること、そしてそれによって無代に等しい価格をもって提供し、貧困をなくすことが、松下電器の使命であるとしたのだ。このように、松下塾主は戦前から企業の社会的使命、そして自分の会社だけではなく社会全体の繁栄を通じての自社の発展を求めて経営を行ってきたのであり、これが熱海会談で強調されることになる「共存共栄」の精神へとつながっているのである。
4.最後に、共存共栄の精神と現代の社会
以上述べてきたように、松下塾主が松下電器で実践して来た経営の理念には、「共存共栄」の精神が中心に存在する。
松下塾主自身は著書の中で以下のように「共存共栄」という事に関して述べている。
「企業は社会の公器である。したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない。
企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。
(中略)やはり、すべての関係先との共存共栄を考えていくことが大切であり、それが企業自体を長きにわたって発展させる唯一の道であるといってもいい。」
(中略)
「勝ち組」・「負け組」という言葉に象徴されるように人を過度に勝者と敗者に分けてみる風潮が国民に強まったりしてはいないだろうか。
「相手と共に自分も発展しよう」「社会全体の繁栄なくして自分の繁栄はない」という「共存共栄」の精神から大きく離れた所に人々の精神が追いやられている気がするのである。
松下塾主が述べられているように、「自分だけが良ければいい」といった形での社会での繁栄など考えられず、たとえ一時的にそういった形での自己の繁栄を追求できたとしても、他者を犠牲にした繁栄の姿は長続きせず、やがて社会の疲弊が自分自身に跳ね返ってくるのである。
人間社会の様々な場面での経営において「共存共栄」の理念は極めて重要であると思う。
【引用元】https://www.mskj.or.jp/report/3325.html【松下政経塾】
猫さんもどっかで言っていましたが、相手に歩み寄る前に「まずは自分自身」なんですよね(*^^*)
自分を大切にしなければ、相手に優しくなんて出来ないです。
自分を大切にしない = 余裕が無いこと
と、ほぼ同義なんですよね(´・ω・`)
私はデイケアを通じて自分自身を見つめ直し、自分自身を大切にしていきました。
自己理解・他者理解が深まっていなければ、障害者との「共存共栄」も不可能だと私は思います。
だからこそ、グループワークのような居場所は必要不可欠なのではないでしょうか。
もしも目の前の大切な人がハンディキャップを抱えることになったらアナタはどうしますか?
私もボランティアを通じて、グループワークのような居場所(理想郷)をこれから作っていこうと考えています(*´ω`*)