【障害者】自分の意思で障がい者として生きるということ

最近になって仲のいい人から「精神障害者」と呼ばれるようになりました。

あるときから、「障害者」を「障がい者」と置き換えましょう、なんてことを誰かが呼びかけて随分と経った気がします。(置き換える必要は無いと反対するところも意外とあるようです)

たとえ文字を置き換えたところで、個人的には声に出したら同じ「しょうがいしゃ」。
結局人が抱いているこの言葉のイメージは、置き換え運動があったところで変わらなかったのでしょう。

そんな負のイメージが強いがために、自分のことを自ら差別的に見てしまったり、何か負い目を感じてしまう障害者の方は精神の人に限らずたくさんいるんじゃないかと思います。私もそうです。特に恋愛に関しては後ろめたささえ感じます。
でもちょっと考え方を変えると少し気持ちが楽になるかもしれません。

たとえば私は双極性障害持ちで、障害者手帳&障害基礎年金を共に給付されています。
つまりお国認定の「障害者」です。
私の場合は「有期認定」なので、これらは更新手続きが必要です。(たぶん多くの精神障害者は有期認定だと思います。精神病は完治が難しいとはいえ治癒することはできるので。)

そのためには診断書を医師からもらわなければならないし、役所まで足を運ばなくてはいけません。しかしそれを必ずすれば更新ができる、というわけでもないのです。
特に年金に関しては年々厳しくなっているようで、症状や収入によっては支給停止になることも。
手帳はないと困る!というものでもないので、返納しようと思えばいつでも返納できます。(私の場合手帳がないと年金の申請できないのかな?と思って取得しただけなので)

そうすると公的には「障害者」ではなくなります。
ハローワークで障害者雇用枠で仕事を探すことはできませんし、手帳も無いから美術館も映画館もちゃんとみんなと同じ料金を払わなくてはいけません。
少し変な感じです。自分を障害者だと証明するためのものがなかったら、障害者だと認めてもらえないのです。

少し言い方は悪いですけど、自分の都合で障害者にも健常者にもなれるということです。
このように、障害者福祉制度の対象となった人を「障害者」と呼ぶことで健常者とはっきり区別をつけるようになったのだと思います。

http://www.media116.jp/entertainment/7927 Media116より引用

 

エナベルで就労移行支援を受けています、ウサギの方のTです。

私は一応友達には障害者であることをカミングアウトしてますが、それで私を「障害者」とか「メンヘラ」と呼ぶ人は幸いいないですね。

だけど、自分が「障害者だ」という負い目は自分で持っています。私なんかの障害者でいいのかな…と思う事ありますね。

昔から付き合いのある友達ならともかく新しい友達や知り合いだと申し訳ない気がして。これって上述されている記事の後ろめたさと同じものですね…

どうしても負の思いが自分の中にあります。

私も障害手帳を持ち、障害年金をもらっている公的にも障害者です。仕事も障害者枠で探しています。

確かに自分都合で障害者にも健常者にもなれますが、天候が悪い時の莫大な不安感、うつ状態、へたすりゃ倒れてしまう自分を顧みると、とても健常者とは言えません。

それでも私を障害者と知らない方には健常者の皮を被って普通の人のふりをしてますが…。

障害者になった途端連絡が途絶えた友達もいるし。

世間的にはマイナスなイメージしかないんだろうなあと思います。だから私の事を知らない人には健常者のふりをするわけで…。

自分の意志で障害者として生きる事。あれこれあって難しいですね…

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